ダイワスカーレットvsウオッカ | |||
| 2006年 | ダイワスカーレット | ウオッカ | |
| 3月3日 | チューリップ賞 | 2着 安藤 勝己 | 1着 四位 洋文 |
| 4月8日 | 桜花賞 | 1着 安藤 勝己 | 2着 四位 洋文 |
| 10月14日 | 秋華賞 | 1着 安藤 勝己 | 3着 四位 洋文 |
| 12月23日 | 有馬記念 | 2着 安藤 勝己 | 11着 四位 洋文 |
| 2007年 | |||
| 11月2日 | 天皇賞 | 2着 安藤 勝己 | 1着 武 豊 |
| 対ダイワスカーレット | - | 2勝3敗 | |
| 対ウオッカ | 3勝2敗 | - | |
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ダイワスカーレットとウオッカの初対決はチューリップ賞。 どちらも年明け2戦目であり、ダイワスカーレットはここまで3戦2勝。 ウオッカは4戦3勝の2歳女王。 後のオークス馬ローブデコルテが14.6倍の3番人気で2頭が抜けた争いとなった。 初戦はウオッカがダイワスカーレットを首差差し切って優勝。 3着以下は1秒以上離され、2頭の能力が突出していることを証明した。 続く桜花賞では、チューリップ賞で瞬発力勝負では分が悪いと判断したダイワスカーレットが早め抜け出して優勝。ウオッカは1馬身半及ばなかった。 桜花賞以前よりウオッカのダービー挑戦が発表されており、ウオッカはダービー、ダイワスカーレットはオークスへ向かう事となる。 ダイワスカーレット最有力のオークスだったが、感冒により回避。 一方ウオッカは64年ぶり牝馬のダービー制覇の偉業を成す。
ダービー後に古馬との対戦を経て(宝塚記念8着)、ヴェルメイユ賞〜凱旋門賞を目指すウオッカだったが、
右後肢蹄球炎発症のため断念。秋は直接秋華賞を目指すことになる。 次の対戦はエリザベス女王杯となり、決着が期待されたが、レース前日まで1番人気だったウオッカが当日朝に右関節跛行を発症し、 出走取り消しとなる。ダイワスカーレットはエリザベス女王杯を完勝したが、決着は次回に持ち越された。 有馬記念では、ウオッカがファン投票1位となる。一方のダイワスカーレットは4位。 このときダイワスカーレットの兄ダイワメジャーとの対戦も注目された。 レースでは折り合いを欠いたウオッカが3角で早目に仕掛けたが、早々に脱落し11着。 ダイワスカーレットは直線で抜け出しを図るも、マツリダゴッホに内をすくわれ2着に敗れる。 2007年春。ウオッカはちぐはぐなレースを続けるも、ドバイ遠征からは鞍上に武豊を迎え、ヴィクトリアマイル2着、安田記念制覇、毎日王冠2着と東京で良積を残す。 一方ダイワスカーレットもドバイ遠征プランがあったが、調教中に創傷性角膜炎になり、ドバイを白紙とし、 ヴィクトリアマイルを目指すも、大阪杯完勝後に前脚管骨骨瘤を発症し春を全休する。 5度目の対戦となった天皇賞。 チューリップ賞以来ダイワスカーレットに先着を許し続けたウオッカが、中間の状態良さ、東京巧者を買われ1番人気。 春を全休しぶっつけとなったダイワスカーレットが2番人気となった。 (当年のダービー馬ディープスカイが続く3番人気であり、三強対決と見る向きもあるが、 ここは二強対決が順当だろう。) レースは、予定通りダイワスカーレットが先導し、ウオッカは中団。 4角〜直線で動いたウオッカは、ディープスカイと共に残り200mでダイワスカーレットに並びかける。 一旦後退しかけたダイワスカーレットが内から再度伸び、ほとんど同時にゴールイン。 長い写真判定の結果、2cm差でウオッカが雪辱を果たし戴冠した。 |

